皆さんこんにちは。株式会社東海進研の太田剛嗣です。

昨今はだいぶ過ごしやすくお出かけの季節となりました。
そこで今回は弊社直近、車で5分以内に行ける見どころ紹介第一弾をお送りします。

【二俣城址】

二俣城址は国の指定史跡です。現在の遺構は天守台・石垣・土塁などがあります。また二俣城址の1km圏内には他に鳥羽山城址、笹岡城址がありますので、お城好きにはたまらないロケーションです。また、眼下には天竜川が見え風光明媚な一面もあります。

 

子供の頃はよく遊びに行きました。当時はあまり文化財保護の意識がなかったこともあり、缶蹴りなどをする時は平気で土塁に隠れたり、天守台の石垣登りの競争などしたものでした。また、途中で大がしたくなり草むらで用を足したまではいいのですが、当時はポケットティッシュなど持っていませんでしたから、大きめの葉っぱを揉んでお尻を拭いたことを鮮明に覚えています。

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天守台に入る食違虎口

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天守台

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眼下に見える天竜川

 

二俣城で有名な出来事は2つあります

1つ目は1572年に甲斐の武田軍が上洛途中に徳川軍と戦った二俣城の戦いです。攻めあぐねた武田軍が、大量の筏を天竜川に流して、天竜川から水をくみ上げていた二俣城の水の手を破壊して落城させた逸話が残っています。その後の武田軍は三方原の戦い、野田城の戦いに入りますが、結果武田信玄が病死して撤退しています。

2つ目は、家康の長男・信康が若くして父・家康に切腹させられたことです。この話は家康が登場するドラマで必ずといって出てくるのでご存じの方も多いのではないでしょうか。1579年に信康と家康の正室が武田方に内通したとの嫌疑で、織田信長が二人を処断するよう求め、家康は悩んだ末に正室を先に殺害、その後二俣城に幽閉させていた信康を切腹させています。因みに信康の介錯をしたのは忍者で有名な服部半蔵と言われています。

地元二俣では、信康を偲んで毎年11月に武者行列のパレードが実施されています。

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武者行列(浜松市ウエブサイトより)

 

天守台の下は、広場になっていますので、お弁当など持ってお出かけください。